「明日の神話」岡本太郎
レポート

text:ドイケイコ

c0103430_15412460.jpg迫力、恐怖、力強さ、そして、可愛らしさや明るさ。これまで、岡本太郎氏の作品を観て頻繁に感じたことだ。今回、鑑賞した「明日の神話」にも同様のことが言える。
しかし、確実に違うのは、その迫力である。格別だった。作品から湧き出る力が半端なかった。とにかく理屈抜きに、強い衝撃と感銘を与えられた。

東京都現代美術館で展示されている「明日の神話」の中央部分。実寸は縦5.5m、横30mもある。





「明日の神話」の誕生は、今からちょうど40年前の夏、太郎氏のもとへとびこんできた壁画の依頼がきっかけである。メキシコのホテル・デ・メヒコのメインロビーへ飾る作品を作って欲しいという内容で、1968〜69年に制作されたのだが、ホテルの財政悪化などのため設置の機会を得られないまま行方不明になってしまった。しかし、岡本敏子氏をはじめとした多く人たちの懸命な捜索の末、2003年9月、メキシコで発見された。

その後、「明日の神話」は日本へ帰ってくることになった。しかし、あまりの大きさや、損傷の大きさから、パズルのピースのように亀裂に沿っていったんバラバラにして小さくし、修復先の愛媛県東温市で丁寧に組み合わされた。修復作業は専門家の手によって丹念に行なわれ、2006 年6月3日、ようやく完了する。そして、その年7月8日からは汐留の日本テレビ・ゼロスタ広場にて、2007年4月27日からは東京都現代美術館にて公開された。

このように「明日の神話」は長い年月を経て、多くの人たちの熱い思いと努力により、太郎氏の故郷、日本での公開が叶ったのである。この事実を知っただけで、なんだかじんときた。


さて、「明日の神話」を観て真っ先に目にとびこんできたのは中央の骸骨であった。作品自体、原水爆をモチーフに描かれていることもあり、この骸骨は死をより強く連想させる気がした。そういえば、こちらはホテルのロビー用の作品であったのに、こんなにも負の匂いが漂って大丈夫なのだろうか。

どうやら、この件は敏子氏も気になっていたらしい。そして、太郎氏に確認したところ、「メキシコだからいいんだ」という答えが返ってきた(※1)。実は、メキシコでは毎年11月の死者の日(日本のお盆のような日)に骸骨のお面をかぶって踊る祭りがあり、その際は骸骨の形をしたお菓子も売られるなど、骸骨はごく日常的なものであった。しかも、骸骨に「生と死は表裏一体」という意味を持たらせているため、骸骨を生の象徴とすることもあった(※2)。

c0103430_15524524.jpg先ほど、作品自体、原水爆をモチーフに描かれている、と述べたが、太郎氏は単純にその悲しみや嘆きを表現したいわけではなかった。むしろ、その逆で、そういったことがあった後でも、再び立ち直ってたくましく生きていく強さや素晴らしさを伝えたい思いがあったようだ。これは生を象徴する骸骨を中央に描いたことに結びつくだろう。


すべてにおいての価値観が見直されている現代だからこそ、ものごとの根源に迫って表現した太郎氏の作品は必要とされると思う。そして、それらは観る人の胸をぐさぐさ刺し続けるだろう。
中でも「明日の神話」は、より深く、心の奥まで突き刺してくる作品であった。


※1 「明日の神話 岡本太郎の魂〈メッセージ〉」 、『明日の神話』再生プロジェクト編集、株式会社青春出版社 P,78より
※2 東京都現代美術館の「Mot the Radio 」での川崎市市民ミュージアム学芸員の大杉浩司氏の話より(2007/07/22)


「明日の神話」特別公開
会期:2007年4月27日(金)〜2008年4月13日(日)
場所:東京都現代美術館 常設展示室 3F
>>詳細
[PR]
by art-drops | 2007-08-15 09:00 | レポート
<< 「直線か円環か積層か」八木良太展 場所の空気感 >>