インタビュー初回特別企画vol.2 現代美術作家/手塚 愛子さん
c0103430_1042646.jpg「常に作品のことを考えていたい」

現在、注目の若手美術作家のひとり、手塚愛子さんは美しいゴブラン織の布の一部をほどいたり、キャンバスに刺繍する作品などで知られている。織物や刺繍という一見女性らしいと思われるツールを用いるため手塚さんにお会いする前は、乙女チックな方かな、と想像していた。しかし、実際お会いして、全身全霊を美術活動に注ぎ込む、ある意味、男気溢れる凛々しい面が強い方だと知った。手塚さんの言葉のひとつひとつは美術作家を目指す人のみならず、多くの人にとって参考になるであろう。

「織り直し」 2005年、155×300cmの織物(設置時200×170cm)、素材・技法:解体された二種類の織物、平織り、撮影:柳場大





■バドミントン少女から美術家の道へ
手塚愛子さんは1976年、両親ともに教師である手塚家の次女として東京都に生まれる。幼い頃は、「少々生意気な子供」(本人談)で、今と変わらず絵画を観るのも描くのも好きであった。しかし、意外なことに何よりの思い出は“バドミントン”である。「小学3年生から高校2年生までバドミントンをしていました。学校のバドミントン部だけでなくクラブチームにも所属して夏は合宿にも行っていましたよ」。

そんなバドミントン少女の将来の夢はというと「特に何も考えていなかったです。そもそも美術作家という職業も知らなかったですしね」。逆に、やりたくない職業は漠然とだが存在していた。「商品の良いところだけを過剰にピックアップして売る、ということはしたくありませんでした。例えば、良い効能はあるけど副作用もある薬の販売とか。また、自分が何かをつくって売ることはあっても、誰かがつくったものを頑張って売るということはしないだろうな、とも思っていました」。

美術家の道へ進むことになったきっかけは、高校時代の環境が大きく影響する。「高校時代、美術部ではありませんでしたが、周りに美大を受ける子が多かったんです。私自身も絵が好きで高校2年生頃から美大の予備校に友達と通っていましたね。黙々とひとりで描くというより、皆で課題の話をしたりしていました」。大学では油絵科を志望。「西洋絵画に憧れていたからです。王道ですが、ダ・ヴィンチとか好きでしたよ」と照れながら教えてくれた。

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手塚さん愛用の裁縫道具


■ 20歳の時のターニングポイント
刺繍の作品をつくリ始めたのは大学3年生、20歳の時である。「大学1、2年生の時、油絵の大作をたくさん制作していたのですが不満が募るようになりました。出来上がった作品の色が美しいとか形体が綺麗だということに興味がなくなってきたんです。それよりも、形ができるまでのプロセスの方が自分にとってはリアルで興味が湧いて来ました」。そしてキャンバスに刺繍を施したり、既成の織物から糸を引き抜くようになった。糸のひとつひとつの積み重なりや布の一部がほどけている様は“過程”を強く感じさせた。また、この頃から大学の先生に創作や作品などについて相談し始め、美術館やギャラリーに足を運ぶようにもなり世界が広がってきた。手塚さんにとって20歳は、まさに人生の転機の時であった。

■作品についてのこだわり
さて、手塚さんの作品の多くには様々な布が使われているが、それらは自らが頻繁に布屋へ足を運び調達している。「布屋さんへは、いくつかの作品のイメージを持ちながら訪れ、『これ(布)だったらこれ(作品)でいけるのでは』と吟味しています。そして、良さそうなものが見つかると店員さんに在庫を確認して確保してもらっています。海外のものだと二度と入って来ないことも多いのですぐ確保してもらうようにしています。必要な場合は全国のものを一気に取り寄せしてもらうこともありますよ」。

ちなみに現在、府中市美術館で公開中の作品に使用されている布は「模様は南米のもので、織ったのはインド、そして日本へ輸入したもの。ある程度離れた場所からでも分かるよう、太めで存在感がある鮮やかな水色や蛍光な黄色をあえて使い、引き抜いて縫っていることを説明しなくても分かるようにしています。見た目で楽しければいいな、と思いますね」。また、岡崎市立博物館で同じく現在公開中の新作には赤、青、白のトリコロールカラーの布が用いられている。「こちらは縦横垂直の格子柄です。この織物から糸を引き抜き、そこから親である布にぐちゃぐちゃ交錯したように刺繍しています。交錯を活かすにはきちんとした垂直水平の格子柄の布が必要だったのです」。

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府中市美術館にて公開制作を行なう手塚さん(左上)と完成した作品「気配の縫合_名前の前に」の一部(右上)


布選びに限らず、作品のモチーフや素材を選ぶ時のこだわりもしっかりとしている。
そのひとつに、「単に好きだからという理由だけで絶対決めない」ということがある。「それは危険だからです。自分が好きだという意志以外に深さがでてしまうので。そういったことを踏まえた上でモチーフも素材も選んでいます」。また、「何より、作品としていけるかどうかという判断が重要」ということで、意外なことに、ゴブラン織りの作品をあれだけ作成しておきながらも「全然好きではない」とはっきり述べた。
「作品をつくる時は、好きかどうかというより、もっと複雑な気持ちですよ。単一で好きなものを選んで作品にするというのは難しいですよね。趣味の世界ではないので。趣味で悪い、という訳ではないのですがね」。
安易に自分の好みに偏らず、常に冷静で客観的な視点を忘れないことがポイントのようだ。

■美術作家としての活動を続けるために
現在の日本で美術作家として生活を成り立たせていくのは非常に難しい。しかし、だからこそ発揮できる力もあるかもしれない。「どんな代償を払うことになったとしても、作品が良く出来ないよりはマシです。制作コストを控えて自分にとってイマイチなものが出来てしまった場合、全部が無駄になってしまいますから。どんな代償を払っても良いものを目の前で見ることができたら、それ自体が全部返してくれた、と思えるのです。そのための手段は選びたくないですね。人の手の数が足りなかったら自分で探して来るし、お金が足りなかったら借りて来ますし」。
また、周囲の温かい人たちにも支えられている。「自分に後がないため一生懸命言うしかないのですが、『どんな代償を払ってもこの作品だけは完成させる』という態度、情熱を見せると人はいろんな意味で助けてくれます。もちろん、あてこんでいるわけではないのですが、そういうプロセスも自分の中で大事にしています」。
そして、ぽつりと「もし、宝くじが当たってお金に困らなくなったら、この情熱が持続できるかわからないですね」とも加えた。

情熱の源は大きくふたつある。「ネガティブな面では、過去、制作において失敗した経験。予算的にも時間的にも妥協したため得た、あの敗北感をもう味わいたくない、という思いです。ポジティブな面では、その作品を実際目の前で見てみたい、という強い思いです。私の場合、誰かに何かを伝えたい、というより、自分自身が見てみたいという衝動から作品をつくっていますので」。

作品制作への情熱に溢れ「とにかく、常に作品のことを考えていたい」と言う手塚さんだが、時には考えすぎてしんどくなったりしないのだろうか。「やるべきことが分かっている状態に自分を持っていくまでがしんどいですね。ひとつの作品で傑作をつくるのは難しいから、とりあえず今できることをやってみて作品をつくります。だけど、これでいいのかな、ということで、また新しい作品ができて、つまり作品が作品を生んでいくというか。それは、私だけでなく作家さんは皆、そうだと思いますよ」。
やはりしんどいのであろう。こういった作業は大変そうだが、これからも継続させていくかと伺うと「はい」と大きく頷いた。

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「弛緩する織物」 2005年、155×1100cmの織物(設置時155×700cm)、 素材・技法:解体された織物、撮影:柳場大


■ 現代の若者について
art dropsでは若者(主に23〜32歳)を意識して活動しているため、現在、京都市立芸術大学で非常勤講師として油絵を指導している手塚さんにも現代の若者について伺った。
「私の身の回りにいる若い人たちについてしか分かりませんが、しっかりしていると思いますよ。作業を手伝ってもらう時、こちらが何を必要としてどのように立ち振る舞ってほしいか、凄く早く察知できる、呼吸みたいなものを読める子が多いと思います。気が利くし優しさも持っていますね。あと、良い意味で総合的に器用です」。

しかし、一方では漠然と世の中に対して強い不安を抱く若者も多いようだ。「私が学生の時はもっと能天気でしたよ(笑)。そんなことを今考えてもどうしようもないのに、と思うことが多いです。例えば、100作品並べて100人の関係者に見てもらったのに誰も褒めてくれなければ、その時初めてちょっと不安になればいいのだけど、10個も作品をつくっていないうちに自分が作家になれるかどうか気をもんじゃうみたいな人が多いです。つくって本当にだめだと思った時に悩めば良い。そのあたりがナイーヴかな、と思います」。

■ 将来について
将来、海外で活動することも視野に入れている。「でも、もし行くなら“良い状態”で行きたいですね。留学でなく、仕事(展覧会)をするために行きたいです。自分の作品が海外でどのように受け入れられるのか見てみたいですね。」
現在、刺繍の作品を多く発表している手塚さんだが、並行して油絵の制作も少しずつ続けてきた。時間の経過とともに気付いたこともある。「絵画も最終的な形が美しいかどうかだけでなく色々なことが出来るんだとだんだん分かってきました」。将来は絵画にも積極的に取り組む意欲を見せる。「勿論、今までやってきた仕事(刺繍など)も継続的にやりたいのですが、絵画のことをもっと勉強したいですね」。


将来、手塚さんが描く絵画とはどういったものだろうか。
美術作家として、良い作品を作るため、常に自分に厳しく熱心に探求していく姿から、未だ見ぬ作品に対しても期待が募ってしまった。また、こういった手塚さんの生き方には学ぶべきことがたくさんあると思った。
これからも手塚さんが「見てみたい」作品を見続けていきたい。


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1976年東京都生まれ。
1999年武蔵野美術大学造形学部油絵学科を卒業後、
2001年同大学大学院の造形研究科油絵コースを修了。
2005年京都市立芸術大学大学院博士(後期)課程油画領域を修了し、博士号(美術)取得。
2000年より数多くの個展・グループ展を開催する中、
2005年VOCA展で佳作賞を受賞。
代表的な個展は2004年「手塚愛子展」(ART COURT GALLERY)、2007年 「薄い膜、地下の森」(スパイラル)など。
現在、府中市美術館、岡崎市美術博物館に出展中。
好きな言葉:笑顔と体力

(展覧会情報)
■ 「気配の縫合—名前の前に」府中市美術館

会期:2007年1月10日(水)〜2007年4月22日(日)
2007年1月〜2月、同美術館の公開制作室にて手塚さんが作成した作品を展示している。
部屋のガラス扉以外の面をすべて織物で覆い、側面において織物から引き縫いた糸で同じ織物にさまざまな地域の文様を刺繍している。本来の織物と縫われた織物が同時に見える、複合的な感覚を楽しみたい。
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■ 「『森』としての絵画:『絵』のなかで考える」岡崎市立美術博物館
会期:2007年2月10日(土)〜2007年3月25日(日)
日本を代表する現代美術作家の作品が集まった企画展に手塚さんも参加。
手塚さんは、ドローウィング3点と、それ以外が5点(うち新作2点、旧作に手を加えたものが3点)の合計8点出品している。
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text:ドイケイコ、edit:谷屋
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by art-drops | 2007-03-15 22:00
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